日本人には日本人ならではの味覚があります。AGFでは日本人の繊細な味覚に応え、日本の生活文化に基づいたコーヒースタイル、「ジャパニーズコーヒー」を追求しています。そこで、ジャパニーズコーヒーに携わるキーマンをシリーズでご紹介。その人ならではの経歴から、コーヒーへの想い、さらにはAGFの独自技術まで、明らかにしていきます。 第一弾はAGF 常務執行役員 井村 直人です。
小学校の文集には「ロケットを作るのが夢」と書いた記憶があります。
ラジオを作ったり、アマチュア無線をやっていたので、技術者向きの子どもだったのかもしれません(笑)。
大学では食品工学を専攻し、オーケストラでトランペットを吹いている、そんな学生で、将来は研究開発の仕事をしたいと考えていました。
卒業論文のテーマも“食品の凍結過程のシミュレーション”。コーヒーにもフリーズドライの技術があるので、研究を生かせるという思いからAGFに入社しました。
入社7年目に、その後の人生を大きく左右する出来事が起こりました。
AGFの親会社、当時のゼネラルフーヅとの交換留学生としてアメリカへ行くことになったのです。
テーマは新しい抽出機の開発で、これは帰国後の1988年、鈴鹿工場に導入することができました。
留学先で、後にクラフトフーヅのシニアフェローにまでなった、エヴァン・トゥーレックさんと出会いました。
エヴァンは、私とは違う装置の開発をしていたのですが、私の話を親身に聞いてくれ、研究のことから、英語での論文の書き方まで教えてもらいました。
エヴァンとは仕事以外でも親しくしてもらい、アメリカでの賢い暮らし方、流儀も含め、家族ぐるみで付き合い、大変お世話になりました。
その後も付き合いは22年続いていましたが、彼は4年前の8月に末期がんと宣告されました。
容態が相当深刻だと知り、1泊3日でアメリカの病院へ彼に会いに行きましたが、その年の11月、息をひきとりました。
私たちは、「おいしさ」には理由があると考えています。その理由を科学的に解明するのが「おいしさの科学」です。
具体的には、製品の見た目や香り、味などの評価(官能評価)を行い、お客さまがなぜ好きなのかを明らかにしていくことです。
官能評価ではお客さまにサンプルを試飲していただき、製品を特徴づける言葉を書いてもらいます。その言葉を集め、サンプルを変えたとき、また同じ言葉が出るかどうかを繰り返します。こうして選んだ言葉を使って、研究所の訓練された研究員が評価をします。
一方で、製品にどのような成分が含まれているのかを細かく分析し、色や香りなどの特徴をあぶり出し、お客さまの嗜好と結び付けます。
例えば、1)ある成分が多いと、2)花のような香りの特徴が出て、3)お客さまが好む。この3つを統計的に結び付ける。学問の世界では、食感性工学と呼ばれることもあります。
「おいしさの科学」に基づいて、お客さまが好むコーヒーの特徴と成分を知り、その成分を増やしたり減らしたり、コントロールしようとすると、焙煎の方法に辿り着くのです。
一般的なコーヒー作りは、豆のブレンドから考えます。もちろん私たちもブレンドは考えますが、官能検査の結果から、お客さまの好きな香りや味の元となる成分を割り出し、その成分が増える(嫌われる成分であれば減らす)焼き具合の温度調節の方法を見つけるという、お客さまの好み主体の考え方、それがT²ACMI(たくみ)焙煎です。
例えば、日本人は酸味の強いコーヒーはあまり好きではない傾向があります。それなら、酸味を抑える焙煎をするにはどうしたらいいかという分析をし、酸味が出ない焼き方、火加減を見つけます。これも、T²ACMI焙煎のパターンのひとつです。
そうですね。焙煎において、速く焼く場合とゆっくり焼く場合で味が違うのは、昔から分かっていたことですが、その中間のスピードで焼いたときの火加減をこまめにコントロールすることで、味が随分変わることに気付きました。
街のコーヒー屋さんは、焙煎の際に火力を微妙に調整しているので、「当たり前」と言われそうですが、私たちのように製品を大量に生産する会社では、全てに一定の品質を保つ必要があるので、これまで、なかなか挑戦してきませんでした。
しかし、T²ACMI焙煎によって、大量生産をしながら、こだわりの喫茶店で出されるコーヒーのような、香りと味わいを再現しています。
T²ACMI焙煎は、製品が持つ性格に合わせ、お客さまに最も好まれる焼き方を編み出す焙煎方法なのです。
焙煎機を「化学反応機」と考えることです。T²ACMI焙煎の実現にあたり、そこに気付いたことも大きいと思っています。
コーヒー豆の中には、水分やアミノ酸、でんぷんに近い物質、油も入っています。それらが焼かれると温度によって化学反応が起き、複雑な香りや味を作り出します。
私たちは、その化学反応をどうコントロールするか、ということに至ったのです。
過去にこのような研究に関する文献はあまり存在していません。そこで、新しい分野を確立するため、どんな化学反応が起こるかを日々研究しています。
昔は海外出張が多かったので、旅先では現地のコーヒーも楽しみました。
特にアメリカの嗜好は、古き良きアメリカンコーヒーから、より苦めのダークローストのコーヒーへと大きく変わりました。フランス・イタリアはエスプレッソ、イギリスは日本と近く、ドイツは強い酸味があります。また、北欧は良い豆を使い、日本より酸味があるなど、各国で好まれるコーヒーにも違いがあります。
では、日本人向けのコーヒーとして一番大きな要素何かと聞かれたら、答えは“水”です。
以前、インスタントコーヒーを開発していたときのことですが、日本で評価をすると、どうしても酸味が強くなってしまうことがありました。
そこで、クラフトフーヅのイギリスの研究所に送り、評価をしてもらったら「問題ない」との答えが帰ってきました。私もイギリスへ行き、実際に飲んだのですが、確かに酸っぱくない。
色々考えて気付きました、「これは水だ」と。イギリスの水道水は硬度が高かったのです。試しに軟水を使ったら、やはり酸味が出ました。コーヒーを淹れるとき、軟水・硬水で味が変わることは昔から言われていましたが、これはとてもリアリティのある体験でした。
水は硬度が高いと香り立ちが悪く、平坦な味になってしまいます。
やはり日本人向きなのは、香りが立ちやすい軟水だろうと思っています。
さらに今の日本では、苦めのコーヒーが受ける傾向にあります。
理由は油の多い料理を好むようになってきていることが考えられます。
確かに口の中をスッキリさせるなら、エスプレッソでもいいかもしれません。
ただ、リラックスしたいときは苦いコーヒーより、香りを楽しめたり、味にバリエーションがあるものが良いと思います。
実は焙煎も浅めの方が、日本人に合っているのではと考えています。
新しい〈ブレンディ〉は、ミルクを入れたときの味や香りを楽しんでもらいたいと思っています。甘い香りを強くしているので、ブラックコーヒーより、ミルクを入れたカフェオレのほうが、とてもおいしいです。
その甘い香りは、インスタントコーヒーを作るときによく出る香りなのですが、それを生かし、ミルクを入れると香り立ちが、さらに良くなるように設計しています。
〈マキシム〉〈ちょっと贅沢な珈琲店〉は、市場にはなかった、お客さま好みの味を完成させたことで、受け入れていただけました。AGFとしても今までにない、ブレンドとローストをしている製品です。
これは今の日本人の嗜好が、少し苦めのコーヒーを好んでいることの証明とも言えます。今回のリニューアルにあたっては、T²ACMI焙煎をしていますので、ぜひ、飲み比べてみてください。
AGFは「ジャパニーズコーヒー」の考え方のもと、T²ACMI焙煎をした上で製品タイプごとに適したブレンドをしています。また、日本人が好む、軟水やペーパーフィルターとの相性も意識しています。
さらにおいしく生まれ変わった全ての製品で、T²ACMI焙煎とブレンドのコンビネーションの妙を感じてください。